ステイタスを超えた領域にあるもの

米国の大統領選挙当時は、 再び空港に帯在し、 ひからびそうになっていました。「よくもそんな状態でプログやSNSの投稿をしていたものだ」 とも受け取れますが、私自身は、逆で「やるべき事があったから生きられた。」 という状況でした。 世界の未来がかかっている、という事が地球の人々の立場からだけでなく、霊界や神々の視点、そして宇宙存在からの視点でも、注視されている事を強く感じていました。微力ながら、 何度も祈りを重ね、 世界にとって、 人々にとって最良の方向に進む事を切に願いました。 
そして、これからが現実としてどう対応していくのか? という重要な時であると思います、 選挙日を終えて、 いよいよ私自身も決めていた亡命の申請に行きました。移民局に行くと、担当者の方が現状の事態をしっかりと受け取めて下さり、国際的な組識とのやり取りを進めて下さいました。「あなたにとって重大な決断です。 明日の朝8時に来て下さい」と言われ、 その日は"ホテルのような施設"を紹介されました。 
Photo : Warsaw Pixabayより
行ってみると、ホームレスの人達集まって帯在されていました。 これは大使館でも紹介された所だったと思うと、足がすくみます。 勇気を出して受付に行くと、親切な男性スタッフが対応して下さいました。「これが 必要です。」と言ってダウンコートやくつ下、洋服を提供して下さいました。 ロングブーツのサイズもぴったりで、 本当にありがたく思いました。 いよいよ帯在する部屋に入りました。  50㎡くらいの広さの部屋に20~30人程度の人がいます。それぞれの荷物は自分の布とんの横にまとめられています。 中央のテーブル には、それぞれの人のパンや食材かならんでいます。みんなで食べるのではなく、自分の物をそれぞれに食べているのだろうか?そう感じたのでスタッフの人に相談しました。 「朝から何べていないのですが何も持っていません。」 移民局で、この施設で食事も提供されると聞いていたからです。 彼は自分のパンや食べ物を下さいました。私は黙々と食べましたが、 みんなに差上げたら良かったと思いました。 その場の様子に合わせたつもりでしたが、 自分の奥にホームレスの人に対する遍見があったという、見苦しい心と向き合わざるをえませんでした。 この夏ごろには、「ホームレスの人とも、友達になれるかもしれない。」などと思っていました。 自分の住んでいた場所や、 持っていたものも全て捨て、家族の援助もあきらめ、お金やカードや財産といった執着するものがなくなった時。自然に与えられるものを受け入れ、あるがままに、一日一日、生かされている時を生ききろうと思いました。 それは、定収入があったときには、 想像も出来なかった事です。
 
しかし、9月にホームレスの人にバックを奪われてから、「友達になれるかもしれない。」という気持ちは消えてしまいました。 何人かの人に「滞在先を提供するから、ここにいて下さい」と言われました。  体格のがっちりした男性が現れ、「私のところに来なさい。 個室を提供します。」と言われました。 とても 親切な対応だったので、 信頼していました。 しかし到着した建て物でドアがあかない為、 友人が来るのを持つと言われました。ベンチで少し話をしていました。 私はずっとバックを肩にかけ、 脇にはさんでいました。「バックをおろす様に」と言われましたが、 「重くないから大丈夫です」 と言うと、对度が変わりはじめました。 私は危険を感じました。 腕をつかまれた時、 その手が簡単に腕の骨を折る事が出来る様な、 プロボクサー並みの腕力である事を感じました。「私は首をしめたりしない! バックをおろせ!」 と言われ、 もぎ取られました。 私は恐怖のあまり非鳴を上げましたが、 近くの人通りのある通りまでは届きませんでした。それでも全ての貴重品が入っていたので、返してもらいたいと思いましたが、彼は私の顔の前で自分のズボンを脱ごうとしました。 肩をおさえられ身動きも出来ません、どうすう事も出来なくなっている時、 彼は私のバックを持って逃げ去りました。
その翌日「ここにいて下さい」と言われた人が現れ、彼らはホームレスの仲間だったのだという事を知りました。彼らは私が滞在先を探している事を知っていました。 それからというもの、 ホームレスの人達に対する見方が変わってしまいました。  
しかし、おとずれた施設では、 数十人の人達が一つの部屋でゆずり合いながら生活していました。私の座る椅子や布とんのスペース、 荷物を置く場所、くつを置く場所を周りの人達が工夫して作ってくれました。 50㎡くらいの広さの部屋の中に数十人の人が生活するという事は、大変な事です。 私はその一つ一つの親切が心に染み、盗難の経験によっていだいた遍見をはずかしく思いました。眠る頃には、部屋のドアの前まで、フロアの全面まで布とんが増うめつくされました。 敷き布とんは70センチほどの幅に畳んだ毛布です。 私達はまるで一つの家族の様に眠りました。フロアの固さが体にひびきましたが、そんな事が気にならないほどでした。
 施設では、人と人が助け合うことが当たり前で、ライトが消されて眠る前には、あたたかい涙が次々と流れました。アイマスクと、深くかぶった帽子は、涙で一杯になり、びしょぬれになりました。私はホームレスの人達に抱いていた遍見を何度も反省しました、 その時に、9月ホームレスの人達によるバックの盗難も計画的に準備され、誰かに依頼されたものだったかもしれないと思いました。 警察で、何人かの人に「滞在先を提供するから、ここにいて下さい」と言われた所から説明しようとしましたが、「現場以前の話は必要ない」と言われました。
Photo : Warsaw Pixabayより
明け方4時ごろに目覚めました。起きたい時に起きればいいと言わんばかりに、隣の人達も起きてそれぞれに動き出しました。  私は顔を洗い紅茶を入れると、 別の人がお砂糖を下さいました。また荷物 をまとめていると小さなライトを持ってきて、手元を照らしてくれました。入り口でもう一つの部屋の人達にも合いましたが、 みんな私が来た事を知っていて、「ありがとう!」と言うと、何かしらの声をかけて見送ってくれました。 一室に数十人が生活を共にする事は、簡単ではないと思いますが、あの人達だから出来るのかもと思いました。そして、死後の世界に行った時には、この世界の地位 や名誉、財産、ステイタスなどの全てを手ばなさなければなりません。 持って帰れるのは心だけと言われています。その意味でも、自分が東京で仕事をし、会社や事務所を持ち生活していた時の心も、反省せざるを得ませんでした。
自分が努力して得たと思っているものも多くの人や事が背景で支えてくれていたのであって、水1つとってもあたり前ではありません。水道の様々な工事や個々の部品、素材、システム、人や 会社。そして水源から送られ てくる工程、何よりも自然の恵みがあってその水々しい潤いにふれる事が出来ます。他の人に対しても、もっと丁寧にできなかったか?
現代社会の小さなステイタスの中で感謝すべき多くの事を見失ったまま、足りない事ばかり数えている。そんな時がどれほどあったか......。 自分の悩みだけで心か一杯になっていたか...。そして、 人にどう思われるか、どの様な地位や立場にいるか?という事よりも最も重要な事を、この施設で教わりました。
 
人間が死後に行く所は終わりではなく、次の人生の準備です。その永遠の生命を思う時 私達はもっとステイタスを超えた領域にあるものを 大切にしなければならないと感じました。それは自分がどう見られるかという事を超え、自分をむなしくして無我な愛で、どれだけ 人や物事に尽くしたか。という事です。それ は、大聖堂の建設を目指す上でも大切だと感じました。 私が見た大聖堂の完成の日の夢の中には、太陽に照らさ れた美しい神像の女神の横顔がありました。それ以外に印象的だったのは、完成の式典の時、私は最前列に座りながらも、地味に一人の参列者として参加していました。山の様に苦労した道のりも、全て経験をさせて頂いたのだという幸福感しかなく、感謝だけがありました。その道が、今置かれている状況ほど厳しいものになるとは知りませんでした。 ステイタスを超えた域にあるものを自分自身も体現していかなければならない事を感じました。
 
その為にもこれまで、どこに帯在するのかも分からない様な事も無駄ではなかったと感じました。実際現代はどの国にいてもお金があればほとんどの事は解決できます。しかし、 無い状態で平静心を保てるか。家がなく、言葉が通じず、荷物を持ったままこの冬の寒さの中で動じる事なく自分を保つ事が出来るか? それは数年前 の自分には不可能でした。しかしこの4ヵ月、今日が最後かもしれないと思いながら、その時出来る限り尽くす事でした。それは、大聖堂がその愛を育くみ創造する場となっていく為にも必要な事です。ともすれば愛以上に自己保欲が出てきて自分を守ろうとするのが私達人間です。 しかし、その時々、立ち止まり愛の方向に向ける。それは「ステイタスを超えた領域にあるものを守る。」 という事でもあるかもしれません。その事を心に留めておくためにも、一日でも ここに滞在させて頂けた事を嬉しく思いました。本当に導かれた様に思いました。
Photo : Warsaw Pixabayより
そして「ステイタスを超えた領域にあるもの」は逆説的にもとらえる事が出来るのかもと思いました。それは、心の持ち方次第でどのステイタスにも存在出来るという事です。翌朝8時に移民局に行くと、亡命したい国の大使館に行くべきと言われました。 私は覚悟して行ったので、その日に手続をして移動になるのかと思っていました、 ふり出しにもどった様な気持になりました。  まず生き延びなければなりません。 以前に「何かあったらいつでも来なさい」と言ってくれたトルコのレストランに行きました。このトルコ料理のBIG SZEFは、 前菜のパンプキンスープの濃こうさと、釜で焼かれた丸くて平らなパンがとてもおいしいのです。 その後の内料理は、油分が適度に行きわたりながらも、 肉のしっかりした食べごたえがあります。朝から何も食べていなかった私に、 助けてくれた店員さんが選んでくれたのは、野菜の酢づけとライスとビーフ、のメインディッシュです。 しっかりした肉のうまみとライスや野菜によって、一日分のエネルギーを頂いた様な気がしました。 地元のファンと観光客でいつも一杯です。ここでは仕事はもらえませんでしたが、食事を提供してくださり、近くのトルコのケバブレストランのオーナーを紹介してくれました。どちらのお店もMarszałkowskaという通りの地下鉄のSwietokrzyska駅から近い場所です。
 
オーナーはワルシャワに3つのレ ストランを展開していました。ワルシャワの中心地の塔の公園の様にある住まいに私を帯在させてくれました。14階からのながめは素晴らしく、市内を一望する事が出来ます。何よりも感動したのは、彼の仕事ぶりです。私が一緒に寝る事は出来ないというと、それを受け入れてくれました。それだけでなく、午後3時から朝7時まで仕事を入れ、私が一人で休める様にしてくれました。仕事の事情もあったかもしれませんが、本当にオーナーの優しさとかん大さに感激しました。オーナーは長時間の仕事で足を傷めていました。私が本格的なマッサージの技能はないといいつつ少しやってみましたが、技術がないと祈りをこめる事しか出来ませんでした。「ステイタスを超えた領域にあるもの」を大切にしていく事は、一方で自分の目指すステイタスを築いていくきっかけにもなる様に感じました。人生に的があり、それが自他の愛に直結する時、内からも外からも導かれる様に思いました。これまでの数日間の経験をバネにまた一歩前進していきたいと思います。
これまでの数日、 生きる事が出来たのは、オーナーの親切によるものです。 私は少しでも感謝を形にしたいと思い、室内をそうじしたり料理や洗たく、洋服の補正など出来る事をしました。
 
利害を超えて目に見えるものをこえて、生かされている。 無我なただ与えきりの神の愛の世界に 生かされている。という風にも思えます。生かされている事を感じると、幸福と神の愛はすでに自分の心の中一杯に与えられていると気がつく事ができます。そうすると自分がまだ若いとか、結婚していないとか、子供がいないとか… そして学歴がない、好きな仕事が出来ない。年をとっているとか そした今のステイタスがどの人や愛する人、また出合う人々にも与えられないものはないのかもしれません。笑顔で見送ってくれた施設の人達の優しさもとても幸せでした。その日どこに行ったらいいか分からなくても共に生きているというだけで幸せが満ちてきます。この様に見えないそれだけで一日 世界の愛が、人間社会以上の存在であることは、あたり前のこととして尊とばれ、祭りの形で世界各地てきました。それが現代ほど失われ、目を奪われている時代はなかったかもしれません。その意味でも大聖堂を全ての宗教と共に創造し、宗間の対立を超えて、人類が神の領域に存在する真のテクノロジーや科学に目を向ける時、本来宇宙時代がひらかれていく。人々が心の奥底で感じている事かもしれません。その声に耳をかたけ、この新たな創造共に挑戦して下さる人々とつながっていきたいと思います。
Photo : Warsaw Pixabayより
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